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KINOKOlogy 〈 聖書の分かち合い〉

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年間第27主日(C) - 2019/10/6-2019/10/11

2019/10/05 (Sat) 10:58:26

みなさんお元気ですか?

こちらではもう10月だというのに
まだ夏のように暑い日々が続いております。

気候はおかしいですが、みなさん体調には十分お気を付け下さいね

さて、今週は年間第27主日、27まできましたね。
だいたい年間主日は33か34くらいですから・・・
あとちょっとですね!

今週の聖書はいかがでしたか?
わたしは何か、こう、ゆさぶられるようなものを感じました

みなさんの感じたことや黙想されたことなど
ここで分かち合えたら幸いです

ぜひどうぞ

書き込み期間
2019/10/5 〜 2019/10/11

Re: 年間第27主日(C) - duckbill

2019/10/09 (Wed) 22:08:55

今週の聖書を読んで頭に浮かんできたことは
「神様との取引」です。
物々交換のように、自分の行為や考えに対して
神様から何かを受け取り、取引しようとすること。
善い行いには当然の報いを、悪い行いには罰を受ける。
ところが先走って自分で判断し、神様から受け取る結果を
自分で決めてしまうことがあります。
駆け引きというか取引は祈りの時にもあります。
これだけ祈ったのだから報いがあってよい、
という思い込みは自分の願いが思い通りに叶わない時には、
かえって神様に対する不満や不信を生み出してしまいます。

放蕩息子のたとえ話を考えてみると
放蕩の限りを尽くした後、家に帰ろうと決心した弟は
父親のあれほどの愛と許しを事前に予想できたでしょうか。
一方兄の方は行いの対価を自分で決めつけていました。
だから帰ってきた弟に対する父親の対応を見て
嫉妬し、父親に文句を言いました。
しかし父親は初めからすべて父親の持つものは兄のものだと
告げています。父親は驚くべき事実を明かしました。
父親は二人をとても深く愛していますよね。
このたとえ話からも
神様は私たちが何を期待し、どんな結果を予想しようとも、
ご自分の意志で、私たちの想像を超えることを行われる…
と分かります。

何があろうと、どんな状況であろうと、
神の愛を信じ抜けたらいいなー
報い、結果についてあれこれ考えても、
所詮人間の考えの及ばない次元で
神様は考えておられるのだから、
それついては慈しみ深い神様に
すっかりお委ねするにかぎる、と思いました。


Re: 年間第27主日(C) - 南国ココナッツ

2019/10/11 (Fri) 07:45:24

命じられたことを果たしたからといって、

主人は僕に感謝するだろうか。

あなたがたも同じことだ。

自分に命じられたことをみな果たしたら、

『わたしどもは取るに足りない僕です。

しなければならないことをしただけです』と言いなさい。」

家庭で、仕事で、何かの業務を通して自分の務めを果たした時、やり遂げた達成感がありますがそれだけではなく誇らしい気持ちもあります。
しかし神様は上記のように言われました。
日常このように指示されて何かを行ったとしても当然の事で、誰でもでき何と言うことでもありません。
褒められることや虚栄心を捨て裸の自分を見つめて謙虚な態度、謙虚な心で生きなければ。と感じました。
今週はこの箇所が心に響きました。

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